8月20日シンポジウム・パネリスト報告要旨③

有馬義貴氏によるパネリスト報告の要旨をご紹介します。

「作り物語の〈時代〉─『狭衣物語』成立の背景─」             
 
 『狭衣物語』の冒頭部には、源氏の宮を思慕する主人公狭衣の描写の後に、「この頃、堀川の大臣と聞こえさせて関白したまふは」云々という一文がみられる。ここに見える「この頃」という表現について、例えば、「この物語の設定した時間・空間を近時仮構に限定する方法で、「今」を宣言して、現代物という意識を発現したもの」(三谷榮一氏「物語の冒頭表現の推移とその方法─後期物語文学論序説(下)─」『國學院雑誌』一九八九年四月)、「現在を意識している」(新潮日本古典集成)もの、との見方がなされている。
 『狭衣物語』には成立当時の人々にとって身近な時代が反映していることも指摘されるが、実際に「近時仮構」がなされているもの、あるいは、「今」、「現在を意識している」ものであるとして、「昔」について語る物語とは異なる、そのような時代設定がなされた物語は、どのように享受されうるものだったのだろうか。また、そのような物語は、いかなる時代状況、文化状況のもとに生み出されたものだったのだろうか。
  上述のような疑問を足がかりとして、作者圏・享受者圏といったこと、また、他の物語文学や、「近時」のことを記したものとしての日記文学及び『枕草子』のありようなども意識しつつ、『狭衣物語』という作り物語の性質について考察する。そして、そのような性質の作品が成立した藤原頼通の時代とはいかなる時代であったのか、考えてみたい。