第69回大会要旨②

和泉式部日記』の「鴫」
      ―宮邸入り決意の起伏に見られる歌ことばの考察―
                                          
                                                              副島和泉
 
和泉式部日記』後半部、女が帥宮の邸へ入る決意を固めようとする中、宮が作文会などの諸事情によってなかなか逢瀬が叶わず、その思いを霜の降りた風景に託し二首の歌を贈る場面がある。一首目の歌の中で女は自身を「鴫」に準えているのだが、この歌は従来『古今集』の「暁の鴫の羽がき百羽がき」の歌を踏まえたものとされ、「鴫」は宮の訪れを待つ女の姿をより鮮明にする歌ことばとして解釈されてきた。しかし、もととなった『古今集』の歌は古来難解な歌のひとつとされ、いまもなお定説となる解釈はない。その原因のひとつに、「鴫の羽がき」という比喩が恋人の訪れを待つ者の姿になかなか結び付かなかったことが考えられる。
一方、二首目の「雨もふり」の歌は、詠まれた背景を伝える地の文が「そのころ、雨はげしければ」と、詞書きのようなかたちで詳細が省かれているため、詠み手を女と宮どちらとも受け取れ、見解が分かれている歌である。
本発表では「鴫」という鳥に着目することを糸口に、「鴫」の表現史を辿り、『古今集』の歌の受容を考慮した上で、なぜ女が「鴫」に自身の状況を準えたのか、その心のありようを明らかにするとともに、『日記』が詳細を記さなかった当該場面の背景と、「雨も降り」の歌の詠み手の問題について検討することを目的とする。